人は、自分以外の生き物の命を奪い続けて、自分の生命を繋いでいる事を考えた事はありますか?ほとんどの人は、その事について真剣に考えた事も無いのではないかと思います。それなのに人間という生き物は辛い辛いと弱音を吐きます・・・

 

命を奪って生きている

 

CANDy BLOODで扱う革製品と言うのは、牛の命を奪って作っています。もちろん、牛の革を取るための目的で命を奪っている訳ではなく食物用として、命を奪った牛の革を使うのですが、それでも牛の命と引き換えにしている事に違いはありません。

 

本来、人間は生きて行くために毎日食事を取り続けなければ命を繋いでいく事ができません。つまり、その食事というのはこの牛のように、生き物の命を奪っている訳です。食物連鎖の頂点に君臨した私たち人間のエゴでしかありません。

 

しかし、残念ながら、この先も人間は生きて行くために、ずっとこうして生き物の命を奪い続けながら生きて行く事になる訳です・・・。私たち人間の犠牲になって、数え切れない生き物たちの命が奪われるのです、それなのに私たち人間はそんな事を考えもしません。

 

人間の食の源を俯瞰して客観的に見れば、なんて残酷な事を自分の食欲を満たす為、何も考えずにしているかに気が付きます。ライオンがシマウマを食べている所をテレビで見て「なんて可哀想に・・・」と、幼い頃に思った記憶があるでしょう。

 

しかし、もっと酷い事を私たち人間は平気でしてしまっているのです。ライオンはお腹が空いた時しか狩をしませんし、毎回狩が成功する訳でもないのです。私たちの命を繋ぐために、何の罪も無い生き物たちが命を犠牲にして来ました。

 

 

今の生き方で良いのだろうか?

 

それなのに私たち人間は、「死んでしまいたい・・・」と弱音を吐いたり、毎日を死んでいるかのように惰性で生きていたりしてしまいます。そんな生き方をしている私たちを見て、私たちの代わりに命を犠牲にして来た生き物たちは、どう思うでしょうか?

 

もし、彼らが生きていたら私たち人間より一生懸命に生を全うして、思い切り生きていたのでは無いでしょうか?「お前たち人間が、そんな生き方をするために我々は生命を受け渡したのか・・・」と、やり切れない気持ちになるのでは無いでしょうか?

 

私たち人間が、そんな生き方をしていては、私たちの命を繋ぐために犠牲になった生き物たちに顔向け出来ません。

 

それでは、あたりにも失礼過ぎます。日々心を磨き続け、彼らの生命を背負って毎日をもっと一生懸命に生きていく事が、私たち人間に与えられた最低限の使命なのではないでしょうか?

 

 

これからの生き方

 

そんな生き方をする事が、私たちの命ために犠牲になってくれた生き物たちに対しての、最低限の償いになるのでは無いでしょうか?少なくとも私はそう思います。小学生の低学年の時に私はこの事をよく考えていました。

 

なぜ、そんな事を小学生の時に考えたのか?と言うと、母親に言われたセリフがキッカケでした。私はご飯を食べる時に、「いただきます」。と、言わずに食べ始めてしまう事が度々ありました。

 

その時に母が私に言ったんです。「あなたが生きて行く為に、動物が殺されたんだよ。それなのに、いただきますって言わないなんて可哀想じゃない?」という言葉でした。私は、その言葉に物凄く深く考えさせられた訳です。

 

食事をする前に、いただきます。と言うのは、命を犠牲にした生き物たちに言う、重い意味を持った言葉だという事を忘れてはいけないのです。

 

「命を頂きます」。と、言っているのです。生き物の命を受け継ぎながら私たち人間は生き続けている事を忘れてしまってはいけないと思うのです。私は、ここCANDy BLOODでユニークな人を増やしていきたいと思っています。

 

それは、せっかく世界にひとりしか居ない唯一無二の存在なのに、あまりにも他人の目を気にして、みんなと同じ事をしながら生きている人が多いからです。

 

 

ユニークな生き方をする

 

そんな、誰が誰かも分からないような、人と同じような事をして生き方をして行くなら、あなたがあなたである必要など、どこにも無くなってしまいます。そんな生き方をするために、世界にひとりしか居ない存在で生まれて来たはずでは無いはずです。

 

私たち人間の犠牲になった生き物たちも、そんな生き方をするために犠牲になった訳ではありません。

 

もっと、もっと、自分の子供のために、家族のために生きて居たかったに違い無いのです。

 

それなら、もっと自分らしくユニークな人生を歩いて行きましょう!私が先導して行きます。ユニークな生き方をする、という方角が一緒ならみんな同じ同志です。それぞれがユニークであるのなら、みんな仲間です。そんなミッションを志し私はCANDy BLOODをやっています。

 

私たちCANDy BLOODは、牛の命を無駄に終わらせる事などしません。牛の革の良さや特徴を活かしてモノづくりをして、再び命を吹き込んでいます。敬意を持って価値あるモノに形を変え、新たな命を吹き込んでいます。

 

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